修羅の日記(公開試運転中)

ダイアリーから移転しました

凸型電気機関車

■今月発売の「鉄道ピクトリアル」2012年2月号が凸型電気機関車を特集しています。この前デ61・62のことを書いたのは全くの偶然ですが、嬉しいことに特集にも「往年の凸型電機グラフィティ」として1960年に撮影されたカラー写真がでてきます。この地区の三重交通>近鉄ナローではもう一種類、元北勢電気鉄道のB-Bボギーが存在し、子どものころに近鉄四日市駅の側線でよく見かけて、自分はそっちの方が馴染んでいるのですが、どっちがカッコいい?
 ここでは記事の中で紹介されている3両の元信濃鉄道、国鉄ED22のうちで鉄ピクに写真がでていない2番、自分ちの近くの三岐鉄道の保存機をあげておきます。5年くらい前にKMCの新年会があったときに松電(今は「アルピコ」か。ややこしい)の新村駅でアオガエル(元東急の電車)と一緒に車庫の中を覗いて3番もキャッチしましたので、あと見ていないのは鉄ピクの表紙の弘南なんですけれど・・同型3両とも生き残っているというのはめったにない幸運な機関車ですね。ボールドウィンウェスティングハウスの銘板が輝いています。

■鉄道ピクトリアルの記事「凸型電気機関車の系譜」を読むまで、凸型電機とは、ごく単純に箱型電機(ボックス・キャブ)に対比する言葉として認識していましたが、以下、記事を少し要約して書かせていただくと、電気機関車ジーメンスなどのメーカーの産業用や鉱山用が起源、大半はキャブのないマイニング・ロコだった。次にアメリカで真ん中にキャブのある凸型ができ、スイスやイタリアのように凸型が大型化(例えば「クロコダイル」ですね!)するか、アメリカのように本線用は箱型、インターアーバンや入換用は凸型と棲み分けが普及した国もある。要は凸型から発展して箱型になったということですね、「なるほど!」と膝を打った。それと今まで曖昧に使っていましたが、凸型でも単に真ん中にキャブを置いたものは「ステープル・キャブ機」、三岐のED222のように機器室があってそれを挟み運転台があるのは「センター・キャブ機」と使い分けがされていることも、この記事で知りました。また三岐のアメリカ製凸電は後に続々と登場する優秀な国産機の先駆けとして結構価値のあるものなのだと改めて感じました。

■凸型電機が魅力的とモデラーが感じるには、それぞれいろいろな理由があると思いますが、機芸社の特集シリーズ「小型車両の製作」では「凸型電機集合!」という企画記事があり、これがまた名作記事なんですよねー、自分が思うに。特集シリーズの表紙の写真自体が真っ赤なK氏製作の「銚子のデキ」ですからネ、インパクトありますよ!上の三岐保存機にはいろいろな方をご案内しましたが、トロリー好きの方はPE(パシフィック・エレクトリック)の模型の参考にと屋根の上まで、細かに写真を撮られていました。そういえば、思い切りよく、片側に機器類を収めたボンネットがオフセットしたスタイルはさすがアメリカ製の「インターアーバン」オリジナルなどと感じますけれど。パンタの代わりにポールをつければED222の屋根の上にはカリフォルニアの風が吹く(?)

■模型に戻って特集シリーズの記事ではひかり模型デ61を16.5ミリのB-Bボギーにしたものもでてきますが、これがオリジナルより格好良かったりします。凸電って、なぜかどこかに模型ファンの題材として尽きない魅力があるような・・。何でしょうね?





 
 

【追記】どうも下の南野さんのコメントが気にかかって、雪も止んだので、病院の帰りに何年かぶりに三岐凸電を見に行きました。お天気はいいのですがいなべ市にはまだ相当雪が残っていました。屋根もあるきちんとした環境で保存されて幸せな機関車だなと思っていましたが、屋根の天窓のガラスが割れ下に落ちたまま(危ない!!)、機関車には雪が降り込み、溶けた雪が筋を着けて流れて、まるで泣いているみたいでした。昭和59年に引退といいますから、もう四半世紀以上経過しているのですね。ガラスはほとんど割られて、ドアは破られ・・マスコンの真鍮の缶胴がない。残念です。これ以上傷めつけないでネ!(2011.12.27)

鉄道ピクトリアル 2012年 02月号 [雑誌]

鉄道ピクトリアル 2012年 02月号 [雑誌]